科学的研究に関するサーベイが示すところによれば、フロイトのいう 口唇期(oral phase)、肛門期(anal phase)、エディプス期(Oedipal phase)、 男根期(genital phase)がパーソナリティの傾向として観測されるものの、 これらが子供の発達段階として現れる事も観察できないし、子供時代の経験が成人してからの傾向に影響する事も観察できない。(Fisher & Greenberg, 1977, p399).
精神分析学に対する初期の、だが重要な批判として、精神分析学が定量化や実験にほとんど基づいておらず、理論の大半が病院でのケーススタディに基づいている、というものがある。 それに対し、行動療法や認知療法といった他の心理療法は実験的妥当性をもっと考慮している(Morley et al. 1999)。 なかには、フロイトの治療業績のいくつかは、---Anna Oの有名な奇跡すら---、捏造であると告発する者もいる(Borch-Jacobsen 1996)。
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精神分析学の概念を定量的かつ学術的に分析している心理学者や精神科医の中には、 この種の批判をするものが増えている。
しかし、こうした発達段階に対する批判が、近代精神分析学に対する決定的な批判だと思ってはならない。 近代精神分析学の理論と実践にとっての決定的な批判になり得るのは、無意識や感情転移に対するものである。 「無意識」の概念に対する疑念として、人間の行動なら観察できるが、人間の心理は推測しかできない、というものがある。 よく精神分析に親密な立場の者は、実験心理学や社会心理学の学部生や大学院生にとって無意識はホットなトピックである(ようやくホットなトピックになってきた。追いついてきた)と表現し、どうやらそれは、implicit attitude measures、fMRI、PET scansなどのindirect testの事を「無意識」の研究だと勘違いしているようだが、それはつまり本人たちが無意識を理解していないということの表現として、実験心理学者や社会心理学者の卵に理解されている。
酷く歪曲する精神分析家は厳格な行動主義者の、古典的条件付けの元となる系統発生的随伴性をも無意識と読み替えて行動主義者の顰蹙を買っていたり、近年の莫大な神経科学の成果を、 精神分析学の理論にそった形で歪曲することで、精神分析学を時代遅れのものにするまいと努力したが、徒労に終わった。