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結党

1922年7月15日、堺利彦、山川均、荒畑寒村といった日本社会党の元党員を中心に日本共産党が設立(9月創立説もある)され、一般には「第一次日本共産党」と称されている。設立時の幹部には野坂参三、徳田球一、佐野学、鍋山貞親、赤松克麿らがいる。

しかし創設当時から、治安警察法などの治安立法により非合法活動という形を取って行動せざるを得なかった。ほかの資本主義国では既存の社会民主主義政党からの分離という形で共産党が結成され、非合法政党となったのとは違い、日本では逆に非合法政党である共産党から離脱した労農派などが、合法的な社会民主主義政党を産みだしていった。これはかなり異質である。
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11月にはコミンテルンに加盟し、コミンテルン日本支部・日本共産党となった。この時、コミンテルンから綱領として「日本共産党綱領草案」が示されたが、日本での議論がまとまらず、結局草案のまま終わった。

「天皇制廃止」と「私有財産制度の否定」を目的としたため、日本共産党は繰り返し政府から取り締まりを受け、運動が困難となった。堺利彦らは解党を唱え、結果1924年に解党された。堺や山川らは共産党運動から離れ、労農派政党の結成を目指した。また、後に日本革新党を結党する赤松など、国家社会主義等の右翼に転向する者もいた。

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2009年07月13日 00:42に投稿されたエントリーのページです。

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